直近で自己株式の取得を発表した銘柄に関して、この発表のタイミングで株を買った場合、利益を得ることができるのか?
足元の経営状況や客観的な指標、株価モメンタム等を踏まえ、総合的に分析しました。
今回は、東証プライムから化学業種のカネカです。
最後までお付き合いいただけるとうれしいです!
「自社株買い」とは?
上場企業が自らの資金を使って、株式市場から自社の株式を買い戻すことをいう。
日本証券業協会HP 金融・証券用語集
自社の株を買った後は、
- 買い戻した株式を消却する。(無効とする。)
- 金庫株としてそのままにしておき、いずれ資金調達などの目的で売却する。
の2通りあります。
【自社株買いのメリットとデメリット】
<メリット>
- 発行済み株式数が減るため、会社の利益総額が変わらなければ、1株当たり利益(EPS)が増えるので、企業価値が上がる=株価が上がる可能性がある。
(配当とともに株主還元の一つ) - 配当金の支払いが少なくて済む。(企業側のメリット)
- 敵対的買収の防衛策(株価が上がって敵対企業が株を買いにくくなることと、市場に出回る株数の割合が少なくなるため)
- ROE(株主資本利益率:ROE = 当期純利益 ÷ 自己資本×100(%))が上がる。
自社株買いを行った場合、自己資金が減りますので、分母の「自己資本」が小さくなりROEが上がります。 - 株価は「割安」というメッセージを送ることができる。
自社の株が安い時に買った方が、購入資金が少なくて済みます。(企業側のメリット)
<デメリット>
- 自己資金が減り、設備投資などの自社の成長に回せる資金が少なくなる。
- 自己資本比率(自己資本(総資本-他人資本)÷総資産) ×100)が下がる。
などがあります。
それでは、見ていきましょう!
自社株買いの概要
会社から発表された自己株式取得の概要は、表1のようになっています。
株数と金額の上限が設定されていますが、株価が上がれば、取得に必要な金額も大きくなりますので、予定の取得株数よりも少なくなることが多いです。
自社株買い発表日 | 2022年9月9日(金) |
取得期間 | 2022年9月12日~ 2023年3月24日 |
取得株式の総数 | 普通株式 230 万株(上限) (発行済株式総数(自己株式を除く)に対する割合:3.42%) |
取得金額の総額 | 100 億円(上限) ※取得株数の上限で割ると1株あたり4,347円換算 |
取得方法 | (言及無し) |
【自社株買いを行う理由】
- 株主還元および資本効率の向上を図る。
- 経営環境に変化に対応した機動的な資本政策の遂行のため
としています。
自己株式の取得数量は、発行済み株式総数(自己株式を除く)の3.42%と自社株買いの数量としては多い数量(※1)です。
※1 一概に言えませんが、目安として、5%以上:かなり多い、3%以上5%未満:多い、1%以上3%未満:ほどほど、1%未満:少ないとしています。
直近の出来高(売買が成立した株式の数量)の5日平均は2,482百株、25日平均は1,945百株で、流動性は少し高い水準です(1,000百株を平均水準としています)。
どんな会社?
同社の強みである「画期的な製品を継続的に生み出してきた高い技術開発力」と「高い技術力をベースとしたグローバル展開」をベースに、
今後求められる社会的ニーズを特定し、ソリューションを提案することにより社会的課題を解決している化学メーカーです。
同社グループは、ソリューション別に「Material Solution Unit(以下、SU)」、「Quality of Life SU」、「Health Care SU」、「Nutrition SU」の4つドメインで事業を行っており、それぞれ、
- Material SU
社会インフラ・モビリティ(軽量化・燃費向上)の発展を支える優れた素材や、環境社会に直接役立つ生分解性バイオポリマーなどの先端素材をソリューションとして提供。
(主要製品)一般用塩化ビニル樹脂、苛性ソーダ、塩ビ系特殊樹脂、モディファイヤー、エポキシマスターパッチ、生分解性バイオポリマー、変成シリコーンポリマー - Quality of Life SU
住宅や生活インフラなどの省エネ・スマート化ニーズや、IoT・AIの発達などの情報化社会の革新に応える優れた素材と独自のサービスをソリューションとして提供。
(主要製品)スチレン製発泡樹脂・成形品、スチレン製発泡押出ボード、発泡ポリオレフィン、ソーラーサーキット工法(外断熱・二十通気工法)ポリイミドフィルム、光学材料、グラファイトシート(薄いシート(フィルム)状の放熱部品である「熱伝導シート」の1種)、太陽電池、住宅用蓄電池、アクリル系合成樹脂 - Health Care SU
医療・健康・介護等の分野において、デバイスと医療の融合による価値あるソリューションを提供するとともに、バイオ医療多妻制・細胞医療などの先端医療技術に基づく独自のヘルスケア事業を展開。
(主要製品)医療機器、低分子医薬品原料、API(医薬品原薬)、バイオ医薬品 - Nutrition SU
「食」の多様化や健康ニーズに応える特色のある素材、サプリメントをソリューションとして幅広く提供するとともに、農業・畜産・水産分野の食糧支援に寄与するソリューションを提供。
(主要製品)機能性食品素材、マーガリン、ショートニング、パン酵母、香辛料、不凍素材、乳製品、機能性肥料・飼料
の幅広い事業を行っています。
2022年3月期のセグメント別売上高構成比は、
- Material SU 43.4%
- Quality of Life SU 24.4%
- Health Care SU 8.5%
- Nutrition SU 23.5%
- その他(損害保険・生命保険の代理業務等) 0.2%
となっており、「Material SU」が4割強を占めています。
直近の経営概況
【2023年3月期1Q(2022年4月~2022年6月)の経営成績】
(2022年8月10日発表)
決算期 | 売上高 [億円] (前年 同期比[%]) | 営業利益 [億円] (同) | 経常利益 [億円] (同) | 親会社株主 に帰属する 当期純利益 [億円] (同) |
2022年3月期 1Q累計 | 1,641 (29.6) | 118 (483) | 107 (13倍) | 77.5 (17倍) |
2023年3月期 1Q累計 | 1,927 (17.4) | 122 (3.1) | 147 (37.1) | 105 (35.6) |
2023年3月期 通期会社予想 | 7,400 (7.0) | 480 (10.2) | 430 (5.3) | 280 (5.7) |
通期予想に対する 1Qの進捗率[%] | 26.0 | 25.4 | 34.3 | 37.5 |
表2の通り、前年同期比 増収増益で、売上高は2割弱の増収、利益面は営業利益は微増ですが、経常利益と純利益は4割弱の増益で好調でした。
2023年3月期通期の業績予想は、前期比 増収増益で、売上高は1割弱増、利益面は微増~1割の増益を見込んでおり、
その通期予想に対する進捗率は、1Q終了時点で、売上高は1/4程度でまあまあですが、利益面は3割前後まで進捗しており順調です。
【2023年3月期1Qの状況、経営成績の要因】
当1Qの世界経済は、コロナ感染問題の緩和により社会が正常化に向かい、緩やかな回復となりました。
しかしながら、ウクライナ情勢の長期化や原燃料価格の高騰に加え、1Q後半より、中国・上海ロックダウンの影響や欧米での歴史的インフレ進行と金融引き締め、為替の変動やサプライチェーンの混乱の継続が重なり、先行きの不透明感がますます高まっています。
このような状況の中、同社は、環境が激変するなかでも着実に「Adaptability」力を発揮し、コア事業群(Vinyls、MOD、Fiber※2など)、先端事業群(Health Care、E&I、MS※2など)ともに強いモメンタムを継続することで前年同期に比べ増収増益となりました。
※2:(製品群の略称)
Vinyls・・・一般用塩化ビニル樹脂、苛性ソーダ、塩ビ系特殊樹脂等、MOD・・・モディファイヤー、エポキシマスターパッチ等、Fiber・・・アクリル性合成繊維、Health Care・・・医療機器、E&I・・・ポリイミドフィルム、光学材料、グラファイトシート、MS・・・変成シリコーンポリマー
【セグメント別の業績】
セグメント別の業績は、表3の結果になりました。
セグメント | 売上高 [億円] (前年同期比 [%]) | 営業利益 [億円] (同) |
Material | 889 (27.1) | 107 (15.5) |
Quality of Life | 450 (10.1) | 46.0 (0.3) |
Health Care | 166 (25.7) | 38.5 (66.9) |
Nutrition | 418 (5.3) | 8.0 (△43.6) |
その他 | 3.1 (2.4) | 1.8 (5.4) |
主力の「Material」、「Quality of Life」、「Health Care」、「その他」は増収増益、
「Nutrition」は増収減益の結果でした。
セグメント別の状況は以下です。
<Material SU>
一般用塩化ビニル樹脂、苛性ソーダ、塩ビ系特殊樹脂等(Vinyls)は、アジア市場の堅調な需要拡大が続いた。
か性ソーダは海外市況が高値で推移し、収益増に貢献。
モディファイヤー、エポキシマスターパッチ等(MOD)は、欧米の建材用途などで需要の減速がみられるなか、価格転嫁を進めて収益を確保。
変成シリコーンポリマー等(MS)は、欧米での販売が順調に拡大。
カーボンニュートラルの実現に向けて、欧州での断熱改修や省エネ化が促進され、シーリング材・接着剤市場の拡大が見込まれるため、ベルギーにおいて能力増強を決定。
今後、グローバルにさらなる能力増強を検討していく。
また、本年8月1日を以って、セメダイン株式会社を同社の完全子会社。両社のシナジー効果を最大化し、事業の強化をスピーディに進める計画。
生分解性バイオポリマー(Green Planet)は、日本での4月の「プラスチック資源循環促進法」の施行に伴い、使い捨てプラスチック削減への動きが加速し、需要が拡大。
国内での社会実装が着実に広がり、欧米では大手ブランドホルダーとの共同開発が進んでいる。
また、わが国の「バイオものづくり」政策においても、Green Planetが中核技術の実用例として高く評価されている。
水素酸化細菌によりCO2と水素からGreen Planetを生産する当社の技術開発計画がマスメディアでも取り上げられ、注目を集めている。
<Quality of Life SU>
スチレン系発泡樹脂、押出し発泡ボードは、原燃料価格が上昇するなか、価格転嫁を進めている。
発泡ポリオレフィンは、世界的な自動車減産の流れが続くなか販売が低調に推移。
太陽電池、住宅用蓄電池等(PV)は、国の再生可能エネルギーの普及促進の動きに加え、
原油高騰や電力不足の懸念から住宅メーカーのZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)比率向上の取り組みが活発化しており、住宅向けの高効率太陽電池の販売が拡大。
また、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の社会実装化の加速を背景に「シースルー太陽電池」や「壁面設置型太陽電池」の需要が拡大。
スマートフォン向けポリイミドフィルム、有機ELディスプレイ用ポリイミドワニス、TV向けアクリルフィルム用樹脂の販売が順調に推移。
アクリルフィルム用樹脂は、今後も需要が拡大することから、生産能力増強を決定。
アクリル系合成繊維は、アフリカ向け頭髪製品の需要が堅調に推移し、難燃資材向けも欧米を中心に順調な販売。原燃料価格高騰に対し価格転嫁を進めている。
<Health Care SU>
医療機器は、国内、海外の症例数がコロナ前の状況まで回復し、ASO(下肢閉塞性動脈硬化症)治療用などの血液浄化器およびカテーテルは販売が順調に拡大。
ベトナム工場の能力増強を完工。今後、供給体制の強化を進め、Medical事業のグロ-バル展開を加速していく予定。
PCR検査キットに続き、新型コロナウイルス抗原検査キットを発売し、感染拡大の防止に貢献。
バイオ医薬品ではカネカユーロジェンテックでのコロナワクチン受託製造が順調に進んでいる。
また、低分子医薬品における抗ウィルス薬の新規大型案件や抗体医薬品精製用のプロテインA担体の販売が業績に寄与。
<Nutrition SU>
引き続き還元型コエンザイムQ10の販売が堅調に推移。
国内向け機能性表示食品の「わたしのチカラ」還元型Q10配合シリーズのラインナップを強化。
マーガリン、ショートニング、パン酵母、香辛料、不凍素材、乳製品、機能性肥料・飼料等(Foods & Agris)は、
コロナ禍による行動制限の緩和により、一部で需要の回復がみられたものの、記録的猛暑や食品値上げ報道等による買い控えもあり、販売は低調。
油脂等原材料価格の高騰に対して価格改定を進め、スプレッド確保に注力している。
8月に新たな機能性表示食品「わたしのチカラQ10ヨーグルト」「わたしのチカラQ10ヨーグルトドリンクタイプ」を発売。
【財政面の状況】
<自己資本比率>(自己資本(総資本-他人資本)÷総資産)×100)
2023年3月期1Q末時点で53.1%と前期末(53.3%)から0.2ポイント低下しています。
これは主に、支払手形及び買掛金が41.4億円増加、短期借入金が49.5億円増加し、流動負債が増加したことによるものです。
自己資本比率の数値としては問題ないレベルです。(20%以上を安全圏内としています。)
【今期(2023年3月期通期)業績の見通し】
同社は引き続き環境変化に対する「Adaptability」力を最大に発揮し、海外市場における強いグローカルネットワーク力を活かして、
コア事業群(Vinyls、MOD、Fiberなど)の競争力の向上と先端事業群(Health Care、E&I、MSなど)の成長を加速させ、着実に収益基盤を強化する計画です。
このことから、2022年5月12日公表の連結業績予想は変更はありません。
株価指標と動向
【2022/9/12(月)終値時点の数値】
- 株価:4,005円
- 時価総額:2,723億円
- PER(株価収益率):9.61倍
PERは、同業で時価総額が近い、クラレ(3405) 7.9倍、日本ゼオン(4205) 8.6倍と比較すると、高めの水準です。
- PBR(株価純資産倍率):0.67倍
- 信用倍率(信用買い残÷信用売り残):17.4倍
- 年間配当金(予想):110円(年2回 9月 55円、3月 55円)、年間利回り:2.74%(配当性向 26.2%)
決算期 | 1株当たり 年間配当金(円) | 配当性向(%) |
2018年3月期 | 90 | 27.4 |
2019年3月期 | 100 | 29.5 |
2020年3月期 | 100 | 46.6 |
2021年3月期 | 100 | 41.2 |
2022年3月期 | 110 | 27.1 |
年利回りは2.74%で、東証プライムの単純平均 2.33%(9/9時点) と比較すると少し高い水準です。
表4のように、直近5年間の配当金は、年間1株あたり90~110円で推移しており、前年と同額の年もありますが、基本的には増配しています。
配当性向は、20%台~40%台で推移しています。
この会社は、
企業基盤の強化を図りながら収益力を向上させ、株主への利益還元することを経営の最重要課題の一つとして位置付けています。
利益還元は、毎期の業績、中長期の収益動向、投資計画、財務状況等も総合的に勘案し、
連結配当性向30%を目安として、自己株式の取得も状況に応じ機動的に実施し、安定的に継続することを基本方針としています。
【直近の株価動向】
<週足チャート(直近2年間)>
週足ベースの株価は、2020年のコロナショック時の安値から上昇し、2021年3月に高値(5,000円)をつけました。
しかしその後は調整し、今年3月に安値(3,165円)をつけています。
<日足チャート(直近3か月間)>
直近の株価は、6月に安値(3,175円)をつけた後は、右肩上がりのきれいな上昇を続けています。
そして今回の自社株買い発表の翌営業日(9/12)は、自社株買いを好感され、窓を開けて出来高を伴い前日比 180円高(+4.71%)と急騰しました。
この急騰で年初来高値を更新しています。
今後は、この年初来高値をさらに更新していくのか、上昇トレンドが崩れ下落に転じていくのか要注目です。
まとめ
【業績】
- 今期(2023年3月期)1Qの業績は、主力の「Material SU」で、アジア市場の堅調な需要拡大と、か性ソーダの海外市況が高値で推移したことが寄与し、
前年同期比 増収増益で、売上高は2割弱の増収、利益面は営業利益は微増、経常利益と純利益は4割弱の増益で好調な結果。 - 今期の通期予想は、前期比 増収増益で、売上高は1割弱増、利益面は微増~1割の増益を見込んでいる。
- その通期業績予想に対する進捗率は、1Q終了時点で、売上高は1/4程度でまあまあだが、利益面は3割前後まで進捗しており順調。
【株主還元】
- 配当利回り(会社予想)は2.74%で、東証プライムの単純平均 2.33%(9/9時点) と比較すると少し高い水準。
- 直近5年間の配当金は、年間1株あたり90~110円で推移しており、前年と同額の年もあるが、基本的には増配をしている。
配当性向は、20%台~40%台で推移。 - 会社の方針は、連結配当性向30%を目安として、自己株式の取得も状況に応じ機動的に実施し、安定的に継続することを基本方針としている。
【流動性・自社株買い数量】
- 直近の出来高の5日平均は2,482百株、25日平均は1,945百株で、流動性は少し高い水準。
- 自社株買い数量は、発行済み株式総数(自己株式を除く)の3.42%と多い数量。
【株価モメンタム】
- 週足ベースの株価は、2020年のコロナショック時の安値から上昇し、2021年3月に高値(5,000円)をつけた。
しかしその後は調整し、今年3月に安値(3,165円)をつけている。 - 直近の株価は、6月に安値(3,175円)をつけた後は、右肩上がりのきれいな上昇を続けている。
そして今回の自社株買い発表の翌営業日(9/12)は、自社株買いを好感され、窓を開けて出来高を伴い前日比 180円高(+4.71%)と急騰し、これで年初来高値を更新。 - 今後の株価は、この年初来高値をさらに更新していくのか、上昇トレンドが崩れ下落に転じていくのか要注目。
以上のことから、
レベル (⭐(最低)~ ⭐⭐⭐⭐⭐(最高)) | |
業績 | ⭐⭐⭐⭐ |
株主還元 (配当、株主優待等) | ⭐⭐⭐⭐ |
株価モメンタム | ⭐⭐⭐⭐ |
流動性 | ⭐⭐⭐⭐ |
自社株買い数量 | ⭐⭐⭐⭐ |
総合判定 | ⭐⭐⭐⭐(買い) |
と判断しました。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。